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大阪高等裁判所 平成10年(ラ)3号 決定

抗告人

破産者a株式会社

破産管財人弁護士

同常置代理人弁護士

苗村博子

相手方

ライオン株式会社

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

戸塚健彦

主文

1  本件執行抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨及び理由、相手方の反論

1  抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状≪省略≫、意見書(1)≪省略≫、意見補充書(2)≪省略≫、意見書(3)≪省略≫記載のとおりである。

2  これに対する相手方の反論は、別紙意見書(4)≪省略≫、意見書(5)≪省略≫記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  認定事実

一件記録によると、次の事実が認められる。

(一)  売買取引等

(1) 相手方は、平成九年八月四日から同年九月三〇日にかけて、a株式会社(以下「a社」という。)に対し、別紙担保権・被担保債権・請求債権目録≪省略≫(以下「請求債権目録」という。)記載の(1)ないし(15)記載の商品を売却した。その売買代金総額は四七五一万四三六六円であった。

(2) a社は、平成九年九月一一日から同年一〇月一六日にかけて、ピー・ティ・ライオンインドジァヤ(以下「ライオンインドジァヤ」という。)に対し、別紙差押債権目録≪省略≫(以下「差押債権目録」という。)記載の(1)ないし(15)記載の商品を売却した。その売買代金総額は五〇四一万四七九六円であった。請求債権目録記載の商品と、差押債権目録記載の商品は同一である。

(3) 差押債権目録記載の商品代金については、日本における船荷証券発行日の九〇日後までに、ライオンインドジァヤが、a社の日本の銀行口座に振り込んで、決済することになっていた。ところが、上記決済前にa社が破産宣告を受けたため、上記商品代金は、現在も未決済のままである。

(二)  売買当事者等

(1) ライオンインドジァヤは、次のような外国法人である。

① インドネシア共和国法に基づき設立された法人で、同国ジャカルタ市に住所がある。

② 資本金七〇〇万米国ドル、従業員約七五〇名、相手方及び相手方の関連会社の出資割合が四八パーセントの法人である。

③ ライオンインドジァヤには、相手方及びその関連会社から、取締役副社長、取締役を始め、多数の社員が管理職等として出向している。

(2) a社は、平成九年一一月一二日午前一一時、大阪地方裁判所において破産宣告を受け、弁護士Xがその破産管財人に選任された。

(三)  債権差押命令等

(1) 相手方は、平成九年一一月二八日、大阪地方裁判所に対し、請求債権目録記載の動産売買先取特権の物上代位に基づき、抗告人がライオンインドジァヤに対して有する差押債権目録記載の債権(以下「差押債権」という。)の差押命令を求めた。

(2) 大阪地方裁判所は、平成九年一二月一〇日、請求債権目録記載の動産売買先取特権の物上代位に基づき、抗告人がライオンインドジァヤに対して有する差押債権を差し押さえる旨の債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)を発した。

(四)  送達手続等

(1) 大阪地方裁判所は、現在、外務省を通じての管轄裁判所送達の方式により、ライオンインドジァヤに対し、本件差押命令の送達手続中である。

(2) 我が国とインドネシア共和国との間では、民事事件に関する国際司法共助手続に関して、民訴条約、送達条約、二国間共助取決めがなされていない。そのため、我が国からインドネシア共和国の自然人、法人に対する送達は、管轄裁判所送達の方式(インドネシア共和国の管轄裁判所宛の送付嘱託)によっている。その場合、送達手続が完了するまでに、約一二か月を要している。

2  検討

(一)  国際裁判管轄権の有無について

抗告人は、本件差押命令については、日本の裁判所に管轄権がないと主張するので、国際裁判管轄権の有無について、以下検討する。

(1) 国際裁判管轄権の認定基準

最高裁判所判例(最判平成9・11・11判例時報一六二六号七四頁)は、国際裁判管轄権の認定基準について、次のような基本原則を打ち出している。

「我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。」

本件差押命令の国際裁判管轄の有無についても、基本的には、上記認定基準に従って判断すべきである。

(2) 債権差押命令事件についての国際裁判管轄権

① 原則論

本件差押命令は、民事執行法一九三条一項が準用する同法一四三条に基づくものである。

民事執行法一四四条は、債権執行の執行裁判所について規定している。債権執行については、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が、この裁判籍がないときは差し押さえるべき債権の所在地を管轄する地方裁判所が、執行裁判所として管轄する(同条一項)。差し押さえるべき債権は、その債権の債務者(第三債務者)の普通裁判籍の所在地にあるものとする(同条二項)。

したがって、債務者が日本に住所を有する日本人であり、第三債務者が外国に住所を有する外国人の場合にも、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が、原則として、債権差押命令事件について、国際裁判管轄権を有することになる。

② 問題点

しかし、上記解釈には、次の(イ)(ロ)のような問題点がある。

(イ) 債権差押命令が第三債務者に送達されると、第三債務者には、弁済禁止効が発生し(民事執行法一四五条一項、四項)、第三債務者は、二重払いの危険に曝され、陳述書提出義務(同法一四七条)、差押債権の供託の権利と義務(同法一五六条一、二項)、執行裁判所への事情届の提出義務(同法一五六条三項)が生じる。

(ロ) 第三債務者が外国に居住している外国人であり、日本との接点が、第三債務者にとっての債権者(差押命令の債務者)が日本に居住している日本人であるという一事にすぎない場合には、第三債務者の被る不利益は甚大である。このことは、外国に居住する第三債務者(外国人)にとって、日本の裁判所への陳述書の提出、日本の法務局での供託、日本の裁判所への事情届の提出等がいかに大変かを考えれば、明らかであろう。

③ 「特段の事情」の柔軟解釈

そこで、債権差押命令事件についての国際裁判管轄権については、次の(イ)(ロ)(ハ)のように解するのが相当である。

(イ) 債務者が日本に住所を有する日本人であり、第三債務者が外国に住所を有する外国人の場合にも、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が、原則として、国際裁判管轄権を有することになる。

(ロ) しかし、前示最高裁判例が指摘している「特段の事情」を柔軟に解釈し、外国に居住する外国人たる第三債務者が置かれている立場に、十分配慮する必要がある。

(ハ) 例えば、第三債務者が外国に居住している外国人であり、日本との接点が、第三債務者にとっての債権者(差押命令の債務者)が日本に居住している日本人という一事である場合には、当然、上記「特段の事情」があるものと解する。

(3) 本件差押命令の国際裁判管轄権の有無

本件差押命令では、債務者は大阪市に住所を有する破産管財人(抗告人)であるから、第三債務者がインドネシア共和国法人ではあるが、原則として、大阪地方裁判所に管轄権がある。

第三債務者(ライオンインドジァヤ)は、インドネシア共和国法人ではあるが、①相手方及び相手方の関連会社の出資割合が四八パーセントの法人である。②第三債務者には、相手方及びその関連会社から、取締役副社長、取締役を始め、多数の社員が管理職等として出向している。③このように、第三債務者は、相手方と密接な関係を有する関連会社であり、それ故、第三債務者の商号にも、相手方と同じ「ライオン」の名称が付されている。④a社・第三債務者間の売買契約では、第三債務者が、a社の日本の銀行口座に売買代金を振り込んで、決済することになっていた。

ところで、動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使するには、代位物(債務者が第三債務者に対して有する売掛債権等)が弁済によって債務者の一般財産に混入することを防ぎ、債権の特定性を保持するために、目的債権を差し押さえる必要がある(民法三〇四条一項)。相手方が本件差押命令を求めたのは、上記物上代位権の行使要件を充足する必要があるからにすぎない。ライオンインドジァヤは、相手方の関連会社であり、本件差押命令に基づき、相手方に対し、差押債権を弁済することについては、何ら異存はないものと推測される(現に、相手方もそのように主張している。)。

以上の諸事情に照らせば、本件差押命令事件の国際裁判管轄権を大阪地方裁判所に認めても、「当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情がある」とは到底解せられない。本件差押命令事件については、大阪地方裁判所に国際裁判管轄権を認めるのが相当である。

(二)  無益執行禁止の原則について

抗告人は、本件差押命令は、無益執行禁止の原則に違反するものであり、却下を免れないと主張するので、以下検討する。

(1) 第三債務者に対する送達可能性

本件差押命令が、ライオンインドジァヤにおよそ送達できないのであれば、本件差押命令は、無益執行禁止の原則に違反するものといえる。

大阪地方裁判所は、現在、外務省を通じての管轄裁判所送達の方式により、ライオンインドジァヤに対し、本件差押命令の送達手続中である。

我が国からインドネシア共和国法人に対する送達は、管轄裁判所送達の方式(インドネシア共和国の管轄裁判所宛の送付嘱託)によっている。その場合、送達手続が完了するまでに、約一二か月を要している。

しかし、送達に長期間を要するが、送達が可能なことに変わりはない。したがって、第三債務者に対する送達可能性の観点から、本件差押命令が、無益執行禁止の原則に違反するとはいえない。

(2) 動産売買先取特権に基づく権利行使

動産売買の先取特権者は、債務者が破産宣告を受けた場合であっても、目的債権を差し押さえて物上代位権を行使し、第三債務者から優先弁済を受けることができる(最判昭和59・2・2民集三八巻三号四三一頁参照)。

a社が、平成九年一一月一二日午前一一時、大阪地方裁判所において破産宣告を受けた。そこで、相手方は、平成九年一一月二八日、大阪地方裁判所に対し、請求債権目録記載の動産売買先取特権の物上代位に基づき、抗告人がライオンインドジァヤに対して有する差押債権の差押命令を求めた。相手方が本件差押命令を求めたのは、前示(一)(3)のとおり、債務者の一般財産との混同を防止するために民法三〇四条が定めた物上代位権の行使要件としての差押をする必要があるからである。

相手方が本件差押命令を申請した目的は、a社の破産管財人(抗告人)に優先して、ライオンインドジァヤから差押債権の弁済を受けることにある。抗告人が本件差押命令に対し執行抗告を申し立てた目的も、相手方による差押債権の優先弁済を阻止し、抗告人がライオンインドジァヤから同債権を回収することにある。

したがって、相手方は、動産売買先取特権に基づく権利行使のために、本件差押命令を求める必要がある。

(3) 小括

以上の次第で、相手方が本件差押命令を得る実益があることは明らかであり、抗告人の前記主張は理由がない。

三  結論

1  以上の認定判断によると、本件差押命令については、原裁判所に国際裁判管轄権があり、相手方には本件差押命令を得る実益がある。本件差押命令に違法・不当な点はない。

2  よって、本件差押命令は相当であり、本件執行抗告は理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 紙浦健二)

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